柳本晶一に体罰の過去!文春が暴露、桜宮高校は大丈夫?Wikiは?

柳本晶一女子バレーボール全日本チーム元監督が、
体罰で問題になった大阪桜宮高校に、

改革担当の非常勤顧問として就任しました。
しかし柳本晶一にも体罰の過去があったと週刊文春が暴露しています。
柳本晶一

柳本晶一 画像

 

 

 

 

 

2月28日発売の週刊文春によると、
柳本晶一は2月18日に桜宮高校改革担当顧問に就任したときに、
週刊文春の取材に対して、
「女子チームの東洋紡の監督になってからは一切、手は出していません。
誰に聞いて頂いても大丈夫です」と答えているんですね。

しかし、週刊文春が色々取材したところ、
東洋紡の関係者が
「根性練(習)で追いこんで、最後にもう立ち上がれないとなった時に、
バーンとやる。殴ったり、蹴ったりです。
厳しい指導だったので、初年度はチームの3分の2近い選手が辞めてしまった」
と証言しているんですね。
その他にも、
「練習を見学した時、ミスをした若手選手が叩かれていたのを見た」
と他の実業団関係者が証言しています。

実際、柳本晶一が東洋紡の監督になった翌年の開幕直前に
24人中20人の選手がチームを辞めています。
柳本晶一は、NHKのインタビューで
「監督時代に、特に実業団なのですが、目標をたてて戦っていく中で
実際に私もミーティング中に手を出したことがあります。」
と自身の体罰を行ったことを認めていますが、
そんなキレイ事じゃなかったんですね。

東洋紡の選手達が柳本晶一の体罰で辞めたことが
データー分析による指導法に変えていくキッカケになったとも言っていますが、
全日本の監督になってからも、
腰痛持ちの大山加奈に体罰なみのシゴキをして追い込んでるんですね。
大山加奈

大山加奈 画像

 

 

 

 

 

 

これは大山加奈にエースの自覚を持たせるためと言っていますが、
傍から見ると体罰にしか見えなかったようです。
柳本晶一は根性論者には変わりないんでしょうね。
決してデータ分析だけの指導者じゃないです。

柳本晶一のWikiです。
1951年6月5日生まれの61才、
大阪府大阪市出身。
大阪商業大学付属高校卒。
1970年帝人三原入社。
1971年新日本製鐵に移籍。
1973年全日本選出。
1980年新日本製鐵監督兼任に。
1982年日本リーグ優勝。
1985年タイ男子代表監督就任。
1986年日新製鉄監督権選手。
1991年現役引退、日新製鉄監督専任に。
1997年東洋紡オーキス女子チーム監督に。
1998年、2000年Vリーグ優勝。
2003年全日本女子代表監督就任。
2008年全日本女子代表監督退任。
柳本晶一はバレーボールの指導者としては一流です。
しかし、厳しい指導でも有名でした。

今回、柳本晶一は桜宮高校の改革担当顧問に就任しましたが、
はっきり、過去の体罰を告白すればよかったんですね。
中途半端に途中から体罰はしていないといったから突っ込まれるんです。
就任早々、キレイ事を並べたから文春も噛み付いたんでしょう。

ただ、柳本晶一の本質は根性論者です。
桜宮高校が橋下徹大阪市長が思うような改革になるかは疑問が残りますね。



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